スクリプカリウ落合安奈 埼玉県立近代美術館・個展カタログ 『Blessing Beyond the Borders』
第一刷・販売限定100部
全66ページ
サイズ | 21cm×15cm
厚み | 7mm
フルカラー
表紙|手押し箔加工
背表紙|タイトル, 作家名
言語|日本語・英語
(※表紙は、機械ではなく手押しの箔加工を施しております。1点1点オリジナルの風合いがあります。)
執筆:五味良子, 渡辺真也, スクリプカリウ落合安奈
デザイン:高本夏実
会場撮影:西野正将
協賛:公益財団法人 クマ財団
翻訳:水野響(Art Translators Collective), 渡辺真也, キャサリン ハリントン
編集・発行:スクリプカリウ落合安奈
埼玉県立近代美術館にて、2020年10月から2021年2月まで開催された、スクリプカリウ落合安奈の公立美術館初個展の展覧会カタログです。
2020年12月当時、パンデミックの状況悪化の影響で埼玉県の要請により、残念ながら会期後期の2021年1月から2月の約2ヶ月間、美術館が緊急休館となりました。
見ることが叶わなかった方にも展覧会を感じていただきたいという思いから、アーカイブという形で取り組み続け、この度、念願の展覧会カタログが完成しました。
大型インスタレーションを含む全4点の作品の体感性などを重視して制作されています。
カタログデザインは、本個展のポスター、DMデザイン、作家名刺を制作し、作家の世界観を存分に熟知している高本夏実氏に手掛けていただいております。
また、カタログ終盤には埼玉県立近代美術館 学芸員の五味良子氏と、インディペンデント・キュレーター、テンプル大学ジャパン美術史講師の渡辺真也氏による展覧会評が収録されています。
是非お手にとっていただけたら嬉しいです。
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Introduction
アーティスト・プロジェクト#2.05 について
埼玉県立近代美術館のアーティスト・プロジェクトは、現在活躍している作家を紹介する場として、2016年度に始まったプログラムである。5 回目となる#2.05 では、スクリプカリウ落合安奈をむかえた。作者は入念なリサーチにもとづき、土地が引き継ぐ記憶や、人々に伝わる信仰・儀礼、人間と通うところのある動物などをテーマに、時間的にも空間的にも一見隔たっているようにみえる存在を結びつける作品を展 開している。
絵画・写真・映像・インスタレーションなど、多彩な表現手段を取り入れた作品に声高な説明的要素は少なく、むしろ作者のまなざしは、対象が放つ一瞬の表情や無意識の所作、物事の二面性を鮮やかに切り取り取 ることに注がれる。そこからは、ただ美しいだけでない、人間の業の深い淵をのぞき込むような、一種の怖ささえ感じられる重層性が立ち上がる。対象との真摯な対話を通じて異質な存在を見つめ直し、つなげようとする作者の探求は、地球のあちらこらこちらで異なる価値観の乖離が加速する現在、大きな可能性を備えた試みといえる。
五味良子 | 埼玉県立近代美術館学芸員
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Blessing Beyond the Borders - 越境する祝福 -
スクリプカリウ落合 安奈
本展全体に対する「越境する祝福」というタイトルは、出品作でもある《 Blessing Beyond the Borders - 越境する祝福 - 》( 2019 年制作)から名付けている。この大型インスタレーション作品では、過去に鎖国状態を経験した日本とルーマニアという遠く離れ た2つの国の、土着の祭りや風習の映し出す景色が、二重螺旋状に空間に浮かび上がる。そしてそれらは、触れ合わずとも重なり合いながら旋回を続け、新しい光景を描き出す。また、作品空間に響き渡るこれまで訪れた土地の音に、今回の展覧会に合わせて、会場であり作者の出身地でもある埼玉県の土地の音を新たに組み込む。
もう1つの出品作の《骨を、うめる - One's Final Home》(2019年制作)では、「土地と人の結びつき」というテーマから発展した「人はどこに自分の骨をうめるのか」という問いから、人々の中に眠る「帰属意識」に焦点を当てている。2019 年ベトナムにて、江戸時代に「鎖国政策」に翻弄されながら異国の地で永い眠りについた、ある1人の日本人の墓と出会った。墓は、日本の方角の北東 10度に向けて建てられている。また墓の主は、「鎖国政策」によりベトナムのフィアンセとの仲を引き裂かれたものの、海を越えて会いに行く姿が言い伝えとして残されている。1 つの墓の存在から、国策や、時に人々を隔てる国という境界を越えていく個人の想いについて考えさせられる。また本展に向けて、墓の主の生まれた土地とされる長崎県で行った国際結婚の歴史調 査に基づく、《Double Horizon》という映像作品を制作した。
この 2 つのインスタレーション作品に象徴される、「鎖国と国際結婚」から見えてくる、隔たりを生むものと、逆にそれを越えてゆくものが、今回の展覧会の重要なテーマとなっている。そしてこのテーマから、「越境する祝福」の姿を探る最中に、COVID-19によるパンデミックが発生した。それと同時に、過去の出来事として向き合っていた「鎖国」が、現実のものとして起こることとなる。
現在進行形の世界的な鎖国状態の中で、改めて対岸を想うことを問う作品として、2015 年から世界各地の海辺で展開しているシリーズの《This Side of The Other Side》を展示する。海の写真を貼りこんだ壁状のこの作品では、海の持つ人々の移動を「阻む」側面と、潮流や浜への打ち上げによって出会うはずのなかったものを「つなぐ」という両面性を表している。鑑賞者が壁の前で写真を撮ると、実際に遠い土地の海辺で撮られた景色と同じ所に立っているように、空間的差異を越えてイメージ上でつながるような経験が生まれる。
本展も会期延期を余儀なくされた中で、今の状況から見えてくる「越境する祝福」とは何なのだろう。目に見えない恐怖によって、差別や社会的・国際的な貧富の差による問題など、壁を形成する動きや分断を招くものがこれまで以上に目に見える形で現れている。いま、改めて立ち止まって考えるべき時が来ている。一生に一度あるかどうかという世界的な困難を乗り越えようとする現在において、そうした問題に時間をかけて向き合っていくことの中に、人々が国やコミュニティー間に起こる摩擦や利害関係を超えて同じ喜びを分かち合うことができる、「越境する祝福」が訪れる可能性があるのではないだろうか。
2020年9月
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